酒屋の外へ出たら、酒屋の仕事が広がった。水橋酒店・水橋謙さん
2026.09.16
Relay From 高梨亭の八井澤さんからご紹介いただいたのは、中野市で水橋酒店を営む水橋謙さん。
水橋さんが家業の酒屋に入ったのは、今から20年ほど前。東京から戻り、お母さんの仕事を手伝ったのが始まりでした。現在は、酒屋の経営だけではありません。地域の役員や消防団として地域に関わり、別会社の地域商社では取締役として日本酒の輸出を担当し、さらに音楽家としての活動も続けています。
一見するとそれぞれ別の仕事ですが、全部がつながっているといいます。地域でできた縁が酒屋の仕事につながる。音楽の場で酒が使われる。輸出の仕事を通じて、長野県の酒や土地について改めて学ぶ。
「一つが伸びれば、ほかも伸びるようにしたい」。
40歳頃から、そんな形を意識してつくってきました水橋さんのお話を伺いました。
40歳で、「酒屋はこうあるべき」から離れた
Q. 今のような仕事の形になったのは、いつ頃からですか。
A. 40歳くらいが一つの区切りだったと思います。それまでは、酒屋としてどうするかとか、会社としてどうするかとか、そういうことを考えていました。そこから、人と比べなくなったんです。そうすると、少し余白ができました。「酒屋だからこうしなければいけない」という考え方からも、少し離れられるようになりました。
今、自分の中では大きく4本柱があります。一つは、個人として、父親として、消防団や地域の役員としての自分。二つ目が、水橋酒店の経営者としての自分。三つ目が、地域商社での仕事です。私は日本酒を担当していて、今は海外への輸出も少しずつ始まっています。そして四つ目が、音楽家としての自分です。音楽でも仕事としてお金をいただくようになりました。
最初は別々だったものを、40歳くらいから全部リンクするようにして。一つが伸びれば、ほかも伸びる。そういう形にしています。
地域も、音楽も、輸出も、全部酒屋につながっていく
Q. 4つの活動は、実際にどうつながっているのでしょうか。
A. 地域の活動をしていると、そこで仕事をいただくこともあります。消防団や地域の役員として関わっていると、当然いろいろな人と知り合いますよね。音楽も同じです。イベントで自分の店のお酒を使ってもらったり、その場で販売したりすることがあります。
輸出の仕事も、結局は酒屋につながっています。海外に日本酒を持っていくには、「この酒はどこでつくられているのか」「どんな土地なのか」ということまで説明できないといけない。だから、長野県のお酒を売ることが、そのまま長野県を知ることにもなっています。
日本全国ではなく、長野県に絞る
Q. 酒屋として大切にしていることはありますか。
A. 長野県にこだわることです。日本全国に、おいしいお酒はたくさんあります。でも、全国となると広すぎる。だから、自分は長野県に絞ろうと思いました。
長野県に絞れば、その酒がどんな土地でつくられているのか、その地域には何があるのか、どういう風土なのかまで知ることができます。中野なら中野、信濃町なら信濃町、安曇野なら安曇野。お酒だけではなく、その土地のことを知ったうえで説明できる。
それは、海外で酒を紹介するときにも強みになります。海外に日本酒を輸出する仕事も始まったばかりですが、ニュージーランドやオーストラリア、シンガポールなどに持っていっています。そこで「長野のお酒です」と言うだけではなく、「こういう土地で、こういう水や米からつくられています」と話せる方が、伝わり方が全然違います。
自分は、日本酒に特化するというより、長野県に特化して、その中に日本酒がある。そんな感覚ですね。
売るだけだった酒を、自分でもつくってみた
Q. ご自身で日本酒の商品開発もされていますね。
A. 「酔田鴨」という日本酒をつくりました。飯山のやよい農園さんに酒米をつくってもらって、木島平の龍興寺清水という水を使い、中野の志賀泉さんで仕込んでもらっています。
飯山、木島平、中野。三つの地域が関わっているお酒です。これまでは、人がつくったお酒を仕入れて売るのが仕事でした。でも、自分で商品をつくってみると、見え方が変わって。商品をつくる大変さもわかりましたし、自社商品を持つことの商売としてのおもしろさも感じました。
米をつくる人がいて、水があって、酒蔵があって、それを自分が商品として届ける。一つの商品をつくったことで、今まで以上にいろいろな人と出会うようになりました。海外の商談でも、このお酒を持っていくと話のきっかけになります。木島平の水の話をしたり、飯山で酒米をつくっている話をしたり。
お酒そのものだけではなく、その背景にある土地を説明できる。自社商品をつくったことで、自分がやりたかったことが少し形になった気がします。
酒屋に来る人も、少しずつ変わってきた
Q. お店にも変化はありますか。
A. 最近は、海外からのお客様が来てくれることが増えました。山ノ内や野沢温泉などに来ている方が、インターネットで店を見つけて、日本酒を買いに寄ってくれます。外国の方との接点が増えてきたこともあって、角打ちもつくりました。
でも、外国人向けだけではありません。近所のおじいちゃん、おばあちゃんにも来てもらえる。気軽に日本酒を買ったり、少し飲んだりできる場所です。地域の人と外国の人が同じ店に来る。そこからまた輸出の話につながることもあります。
酒屋の店頭と、海外への輸出は一見離れているようですが、自分の中では同じ線の上にあります。
酒屋の外へ出ながら、もっと土地の近くへ
Q. これから、どんな仕事にしていきたいですか。
A. 今、自分がつくりたかった循環のようなものが、少しずつ見えてきました。地域の活動があって、酒屋があって、輸出があって、音楽がある。その一つひとつを、これからもっと太くしていきたいです。
昔ながらの酒屋から見れば、音楽も輸出も、商品開発も、別に必要ないのかもしれません。でも、自分はそういう関係なさそうなところから、酒屋につながるものを持ってきたいと思っています。逆に、そこからもっと昔の酒屋に戻ることもあるかもしれません。
米づくりのことを知る。水のことを知る。土地のことを知る。そうやっていくと、日本酒だけではなく、その土地の歴史や暮らしにもつながっていきます。長野県には、まだ自分が知らない土地も、お酒もたくさんあります。それを自分自身が知って、楽しんで、その上でお客様に伝える。
海外に輸出するときも同じです。酒を売るだけではなく、「この酒がどこから来たのか」まで伝えられる仕事にしていきたいと思っています。
編集後記
水橋さんの話を聞いていると、仕事を増やしてきたというより、別々だった活動を少しずつつないできた人なのだと感じます。
地域活動、酒屋、輸出、音楽。一見離れているようで、一つの活動でできた人とのつながりや経験が、別の仕事にも返ってくる。「酒屋の外へ出る」と「酒屋の仕事が広がる」という逆説が、水橋さんの4本柱を強く表しているように思いました。
We Can
長野県産日本酒の販売
日本酒の選定・相談
長野県産酒の海外輸出
日本酒の商品開発
地域商社としての日本酒分野での連携
角打ち
イベントでの酒類提供・販売
長野県内の酒蔵や酒に関する情報提供
音楽活動・イベントでの連携
We Want
水橋酒店では、日本全国の酒を広く扱うよりも、長野県に軸足を置き、その土地や風土まで含めて伝えていきたいと考えています。
酒蔵だけでなく、米をつくる農家、水、地域の食、観光、音楽など、日本酒とは一見離れて見えるものも、実際には酒の背景とつながっています。
長野県の酒を海外に届ける仕事や、自社商品の開発も始まっています。
長野県の魅力を一緒に発信したい方、日本酒を使った商品や企画を考えたい方、海外への展開に関心のある酒蔵・飲食・観光関係の方などとつながれたらと思っています。