外に出たから、自分の家のりんごの価値がわかった。林檎園うえはら・上原航輔さん

2026.10.12

林檎園うえはら 上原航輔さん。園にて。

Relay From 押鐘ファームの押鐘さんからご紹介いただいたのは、山ノ内町寒沢地区で「林檎園うえはら」を営む上原航輔さん。

上原さんが育てているのは、りんごとぶどう。収穫した果物を販売するほか、りんごジュースもつくっています。ご両親もりんご農家でしたが、もともと農業を継ぐつもりはありませんでした。周りには自営業の家庭が多く、むしろ会社員に憧れていたそうです。大学進学を機に地元を離れ、そのまま東京で就職しました。

ところが、会社員として働くうちに、自分で働き方や生き方を決められる仕事に惹かれるようになります。就農を決めてからは、東京にいながら農業を学び、そこで知り合ったバイヤーを通して実家のりんごを百貨店で販売しました。

そのとき初めて、「うちのりんごって、おいしいんだな」と気づいたそうです。

一度外へ出たことで見えてきた、家のりんごと地元の農業。30歳で山ノ内町へ戻った上原さんに、現在の仕事と、その先に考えていることを伺いました。

農家を継ぐ気はなく、会社員に憧れて地元を出た

Q. 農業を始めるまでの経緯を教えてください。

A. 両親がりんご農家だったんですけど、自分はもともと継ぐ気はありませんでした。この辺って、自営業の家が結構多いじゃないですか。だから逆に、会社員に憧れていたんです。大学へ行くタイミングで県外に出て、そのまま東京で就職しました。会社員として働くこと自体を一度やってみたかったんだと思います。

でも、東京で働いているうちに、大きな組織の中で働くよりも、自分で働き方だったり、生き方だったりを決められる仕事の方が、自分には合っているのかなと思うようになりました。働き始めて4年目くらいのときに、父に、

「仕事を継ぎたい」

と伝えました。そうしたら、「気持ちはうれしいけど、まだ早い」と言われたんです。すぐ帰ってこいと言われると思っていたわけではないですけど、そこで就農まで2年くらい時間ができました。結果的には、その2年間が結構大きかったと思います。

外に出て、自分の家のりんごのおいしさに気づいた

Q. 就農までの間に、農業を見る目が変わる出来事はありましたか。

A. 東京にいた頃、農家の子どもを地元へ戻すことを目的にしたような勉強会があって、そこに参加していました。農業のことを勉強したり、いろいろな人に会ったりしました。そこでバイヤーさんとも知り合って、その方を通して、うちのりんごを百貨店で販売してもらったことがあるんです。自分はずっと食べていたので、それが普通だったんですけど。外に出して、ほかの人に食べてもらう中で、

「うちのりんごって、おいしいんだな」

と改めて気づきました。家にいたら、たぶん分からなかったと思います。

もう一つ大きかったのが、東日本大震災のあとに東北へボランティアに行ったことです。そこで、地元を少しでも良くしようと動いている若い人たちに会いました。自分と同じくらいの年代の人が、自分たちの地域でいろいろなことをやっている。それを見て、「自分も地元に戻って何かできるかもしれない」と思いました。それだけが理由ではないですけど、帰ることを後押ししてくれた経験ではありました。

最終的に、30歳で就農しました。

「お客様に大小はない」を、農業でも

Q. 会社員時代の経験で、今に生きていることはありますか。

A. 東京では法人営業をしていました。全然成果が出なくて、怒られることも多かったです。自分でも何が悪いのか分からない時期がありました。大変でしたけど、今になって考えると、そこで学んだことはあります。当時の上司から、

「お客様に大小はない」

と言われたことがあって。仕事をしていると、「ここはお得意様だから」とか、「大きな取引だから」とか、どうしても区別が出てきますよね。でも、その上司はそういう見方をせずに、一人ひとりのお客様に向き合っていました。その姿勢はすごく覚えています。

今は自分が、りんごやぶどうを個人のお客様にも販売しています。たくさん買ってくださる方もいれば、少量の方もいます。でも、そこで対応を変えるのではなくて、一人ひとりにちゃんと向き合う。それは会社員時代に教えてもらったことが、そのまま今の仕事に生きていると思います。

農業とは直接関係のない仕事でしたけど、無駄ではなかったですね。

食べる人がおいしいと思うかを考える

Q. 果物をつくる上で、大切にしていることは何ですか。

A. 一番は、おいしいものをつくることです。ただ、自分がおいしいと思っているからといって、食べた人も同じようにおいしいと思うとは限らないですよね。だから、買ってくださる方が食べたときにどう感じるかを想像しながら仕事をしています。

りんごもぶどうも、できるだけいい時期に収穫する。その中でも、より良いものを選んで届ける。当たり前のことかもしれないですけど、そこは大事にしています。

親の仕事をずっと見ていたので、就農してから「思っていた仕事と全然違った」ということはありませんでした。ただ、自然相手なので、毎年同じようにはいきません。去年うまくいったから今年も同じようにいく、というものでもない。そこは農業を始めて、改めて難しさを感じました。周りの農家さんにも恵まれて、分からないことは教えてもらいながら続けてきました。

仕事だけに全部を寄せすぎないことも大切にしています。家族と、仕事で悩んでいることも、楽しかったこともできるだけ話す。お互いに今どういう状態なのかを分かっていることは、長く仕事を続ける上でも大事なのかなと思っています。

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農地を、次の人へ渡せる状態で残したい

Q. これから、どんな農業をしていきたいですか。

A. 一度外へ出て働いた経験は、やっぱり今に生きていると思います。だから若い人にも、興味があることが地元になければ、一回外へ出てみるのもいいんじゃないかなと思います。戻ってくるかどうかは、そのあと決めればいい。自分も、外へ出たから分かったことがありました。

一方で、寒沢地区を見ると、若い農家は少なくなってきています。高齢化も進んでいますし、個人で農業をしている方が多いので、これから空いてくる農地も増えてくると思います。できる限り、そういう農地は守っていきたいです。

でも、自分一人で全部やるということでもないと思っています。どうしたら、この仕事を続けていけるのか。どうしたら次の人にバトンを渡せるのか。そこは常に考えています。そのためには、地域の人たちとつながっておくことが必要です。何かあったときに、「上原に声をかけてみよう」と思ってもらえる存在でいたい。

今は親子3人で農業をしていますが、いずれ自分一人になる時期も来ます。そのときに、本気で農業をやりたい人と一緒に働けたり、繁忙期だけ人材を融通し合えたりする仕組みがあれば、続けやすくなると思います。自分が農業を続けるだけではなくて、この土地で農業をする人が次にもいる。

そこまでつなげていけたらいいですね。

編集後記

農家を継ぐ気はなく、会社員に憧れて地元を離れた上原さん。東京で働き、自分の家のりんごを外から見たことで、その価値に気づきました。今は、食べる人と向き合いながら、寒沢の農地を次の人へ渡せる形で残そうとしています。

一度外へ出た経験が、今の農業のつくり方にも、その先の残し方にもつながっています。

関連リンク

We Can

りんごの栽培・販売
ぶどうの栽培・販売
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イベント等への果物の提供相談
農業・地域に関する企画のアイデア出し
新しいイベントや取り組みの立ち上げ相談
旧上原家母屋など、所有する場所の活用相談
農業や山ノ内町寒沢地区に関する情報交換
過去には、旧家の母屋を使ったサウナイベントなども行われました。果物の販売だけでなく、場所やアイデアを使った新しい取り組みについても相談できます。

We Want

現在は親子3人で農業を続けていますが、将来的には上原さんが中心となって農園を担う時期が来ます。
そのため、本気で農業を仕事にしたい人や、果樹栽培を学びながら一緒に働きたい人とのつながりを求めています。
また、果樹農家には剪定や摘果、収穫など、時期によって人手が集中して必要になる仕事があります。
農家同士や地域企業の間で、繁忙期に人材を融通できる仕組みや、人材シェアに取り組む事業者とも情報交換をしてみたいです。
寒沢地区で今後増えていく可能性のある農地を、誰がどのように次へ引き継ぐのか。
農業を始めたい人、農地の承継や地域農業の継続に関心がある人ともつながれたらと思っています。