「おいしい」と「楽しい」を、この街の原風景に。保育士から豆腐職人へ、原豆腐園|原 隆一郎さん

2026.04.21

原豆腐園 原隆一郎氏。店先ではにかむ。

Relay From 今回のバトンは株式会社TONDOKOROの頓所陽生さんから。頓所さんは少年時代の「悪友」だという原隆一郎さん。昔も今も、お互いをよく知る仲だからこそのリレーです。

長野県中野市で三代続く「原豆腐園」。その看板を背負う原隆一郎さんは、少し変わった経歴の持ち主です。短大を卒業後、一度は保育士として働き、30代に入ってから家業の道へ。自らのルーツに戻る決断をした背景には、地元への愛着、そして何より一番近くで支えてくれる奥さんの存在がありました。豆腐作りへの妥協なき情熱と、子どもたちがのびのび遊べる地域づくり。その両方に全力で取り組む原さんの、人間味あふれるお話を伺いました。

「天職」だと思った保育士から、憧れの職人の道へ

Q. 最初から豆腐屋さんになろうと決めていたのでしょうか?

A. いえ、実は短大を出た後は保育士として働いていました。子どもが好きで、仕事自体も本当に楽しくて「これは天職だな」と思っていたくらいです。でも、結婚して数年が経ち、自分のこれからの生き方をじっくり考える時期が来ました。

「職人」という生き方への憧れはずっと胸のどこかにあったのですが、最後の一歩を迷っていたんです。そんな時、妻が「やってみたら?」と明るく背中を押してくれたことが、大きな決め手になりました。「生まれ育ったこの場所で、自分にしかできない仕事を一生かけて成し遂げたい」。そう確信して、家業に入る決意をしました。

奥さんの後押しや昔のいたずら話をするときは、少し照れくさそうにはにかむ場面も。

叱ってくれた近所のじいちゃんが、僕の原点

Q. 人生で「壁」にぶつかったな、と思うことはありますか?

A. 壁だらけですよ(笑)。昔から迷惑も顧みずやりたいことをやってきて、周りとぶつかることも多かったし。世の中の「普通」と自分の「やりたいこと」のズレに悩むこともありました。そんなだからか、幼いときはよくケンカしたし、地元の人たちからはよく怒られていたし、可愛がってもらってもいました。

子どもの頃、家の近く(にある高梨城址公園)の塀の上で遊んでいては、近所のじいちゃんに本気で怒られていました。なんなら怒られるためにわざとそうやって遊んでみたり笑。でも、別の時はお菓子をもらったりして。今の時代、他人の子を本気で叱ってくれる人は少ないですが、僕はその「人情」に触れて育ってきました。だからこそ、今度は自分が豆腐屋として、街の温かさを次世代に繋いでいく番だと思っています。

悔しさをバネに。「王道」の味を極めたい

Q. 豆腐作りにおいて、一番大切にしていることは?

A. とにかく「世界で一番おいしい豆腐を作りたい」という一心です。始めてまだ一年ですが、豆腐の世界は本当に奥が深い。この世界に入って品評会というものを知って。全国一位の豆腐を食べた時は、大豆と水とにがりだけでこんなに味が違うのかと衝撃を受けました。正直、自分よりおいしいお豆腐を作る人が世の中にいるということが我慢できない(笑)。

豆腐作りを始めてから、普段の食事でも調味料に頼りすぎず、素材そのものが持つ味の魅力を大切にするようになりました。お米一つとっても、噛むほどに広がる自然な甘みを感じられたり。そんなふうに、日常の中にある繊細な風味や香りをゆったり楽しむ感覚が、今の豆腐作りにも繋がっている気がします。

小手先の戦略じゃなく、とにかく「うまいものは、うまい」という王道で勝負したい。自信を持って「最高の一丁です」と言えるものをお客さんに届けたいですね。

保育士から職人の顔へ。大豆のわずかな変化も逃さないよう、両手で感触を確かめます。

豆腐屋にカメがいる。そんな風景を子どもたちに

Q. これから、この地域でどんなことをしていきたいですか?

A. お店に来てくれるお客さんと、もっと対面で話をしたいですね。豆の種類や味の違い、豆腐の面白さを直接伝えたい。 あと、店先にはガチャガチャを置いたりカメを飼ったりしています。近所の小学生がふらっと寄ってカメにエサをあげていく。そんな何気ない光景が、子どもたちの「原風景」になってほしいんです。

実は「あそびば」という、子どもたちが自分の責任で自由に遊べるプレイパークの活動も続けています。コロナ禍で外遊びが難しくなった時に始めたのですが、焚き火をしたり、泥んこになったり、そういう「楽しい記憶」がこの街にたくさんあれば、大人になった時にまたここへ帰ってきたいと思ってくれるはず。 「あの豆腐屋のおっちゃん、面白かったな」と思い出してもらえるような、かっこよくて面白い豆腐屋であり続けたいですね。

『あそびば』では、子どもたちと同じ目線で全力で遊ぶ

編集後記

「負けるのが嫌い。うまい豆腐を作れないのが我慢できない」と語る原さんの目は、少年のようにキラキラしていました。保育士から職人へ。歩む道は変わっても、「目の前の相手を笑顔にしたい」という根っこは全く変わっていません。

店先のカメにエサをあげる近所の子どもたちを見守る、原さんの優しい眼差し。その積み重ねが、この街の新しい「原風景」になっていくのだと感じた取材でした。原豆腐園の味と同じくらい、原さんの生き方もまた、すっきりと澄んでいました。

We Can

豆腐作りはもちろんですが、子どもたちの「遊び場づくり」についても協力できます。地域でイベントを企画したい方や、子どもたちの居場所を作りたい方、ぜひ一緒にやりましょう!あと、早起き野球チーム「ドリフターズ」のメンバーも絶賛募集中です(笑)。

We Want

とにかく野球仲間が欲しいです!人数がギリギリなので、一緒に早起きして汗を流せる方、ぜひ。あとは、子どもたちの未来のために何か面白い企画を考えている人と、どんどん繋がっていきたいです。

Next Relay

このバトンが、次へつながる。

勝山接骨院 勝山晃喜さん

地元の消防団の後輩です。ご自身の接骨院を開業されています。同じ地域の仲間としても応援しています。

里山ようちえん おやまのおうち 山崎龍平さん

子どもたちの遊び場づくりプロジェクト「あそびば」の発起人であり、僕が「やまちゃん」と呼んで慕っている大切な仲間です。子どもたちの未来を思う熱い気持ちは誰にも負けない人。彼がどんな思いでこの活動を始め、これから何を描こうとしているのか、ぜひ皆さんに聞いてほしいです!