見えないものを、見えないところで支える。北斗技研・金子雄三が考える、地域インフラと学びの経営

2026.05.01

有限会社北斗技研 金子雄三さん。社屋玄関にて。

Relay From 萩原左官の萩原康さんから「JCの同期で、常に地域のために熱心に取り組む仲間」として推薦いただきました。

長野県北信地域で、上下水道工事や管工事、土木工事を手がける有限会社北斗技研。道路の下に敷かれた上下水道は、普段の暮らしの中で目にすることはほとんどありません。けれど、水を使い、排水し、安心して生活するためには欠かせないものです。

その“見えないライフライン”を支えているのが、代表取締役社長の金子雄三さんです。物静かで、言葉を選びながら話す姿は、一般的な土木工事業の経営者というより、どこか研究者のようでもあります。横浜国立大学では海洋工学を学び、家業に戻ってからも、経営、人間関係、思想、精神世界に至るまで、幅広く学び続けてきました。

「地域の上下水道を支え、地域から日本を照らす」。小さな会社が掲げるには大きな言葉かもしれない。そう語りながらも、金子さんはその理念を静かに見つめています。見えないところで地域を支える仕事と、学び続けることで自分自身を変えてきた歩みについて伺いました。

見えないものだからこそ、信頼される仕事を

Q. 仕事をする上で、大切にしていることは何ですか?

A. 私たちが手がけている上下水道は、道路などの地中に敷設されています。普段は目に見えません。でも、人々の生活にはなくてはならないライフラインです。目に見えない大切な設備だからこそ、信頼していただける仕事をしなければならないと思っています。そのためにも、「成長」と「貢献」を志し、日々精進しています。

北斗技研の経営理念は、「地域の上下水道を支え、地域から日本を照らす」です。小さな会社なのに、大きなことを言っているように聞こえるかもしれません。しかし、たとえ地中に埋まっていて見えない仕事であっても、地域の暮らしを確かに支えている。その自覚を持って仕事に臨んでいます。

取材に応じる金子社長。社屋応接スペースにて。

継ぐつもりのなかった家業へ

Q. 北斗技研に入社されるまでの経緯を教えてください。

A. 北斗技研は、昭和61年に父が創業した会社です。会社経営も徐々に安定してきて、おかげさまで創立40周年を迎えることができました。共に働いてきてくれた社員、施主様、協力会社、地域の皆さま、神仏のご加護のおかげだと感じています。

ただ、もともと私は会社を継ぐつもりはありませんでした。

大学時代は横浜に住んでいて、都会への憧れもありました。当時は、父との関係も良いとは言えず、同じ道には進みたくないという気持ちもありました。

転機になったのは、大学2年の時の交通事故でした。家族にも大きな迷惑をかけました。そのことがきっかけとなって、卒業後は地元に戻ることにしました。まずは地元の総合建設会社で2年間お世話になり、その後、どうせいつか継ぐのであれば早く仕事を覚えるべきだと思い、2005年に北斗技研への入社を決意しました。

地域のために語る大人たちが、まぶしく見えた

Q. 入社後、仕事への向き合い方が変わったきっかけはありましたか?

A. 入社した当初は、正直なところ、なかなか仕事に身が入りませんでした。転機になったのは、2009年に青年会議所、JCに入会したことです。

仕事が終わった後に会議室に集まり、地域のために真剣に議論を重ねる先輩方の姿を見ました。その姿が、とてもまぶしく見えたんです。それまでの私は、地元に戻ってきたとはいえ、この地域に対して強い誇りを持てていたわけではありません。でも、地域のために熱く活動する人たちと出会ったことで、自分もこの地域に関わっていきたいと思うようになりました。

JC活動をするためにも、まずは仕事を頑張らなければならない。そう思えたことが、自分にとって大きなきっかけでした。

地域のために集まり、動く仲間たち。ここでの経験が、仕事に向き合う理由になっていった。

人間関係の壁を、学びながら越えてきた

Q. これまでで一番大きかった壁は何ですか?

A. 一番つらかったのは、人間関係です。前社長である父や社員の方との関係には葛藤がありました。今も全くないわけではありません。父は親分肌で仕事に厳しく、効率やスピードを重視する人でした。現場仕事で体を酷使していたこともあり、思い通りにいかないと怒鳴ったり不機嫌になることも頻繁にありました。そうした空気の中で一緒に仕事をするのは、正直きつかったです。

その中で、自分なりにできることを探して、さまざまな本を読みました。経営、仕事術、コミュニケーション、人間関係。さらに、精神世界や占いのような分野まで、幅広く学んできました。特に影響を受けたのが、経営コンサルタントの舩井幸雄さんの考え方です。舩井さんが示した成功の三条件、「勉強好き」「素直」「プラス発想」は、今も自分の信条になっています。

学んだことを、実際の人間関係の中で試しては失敗し、また試す。その繰り返しでした。また、人間関係では六龍法という占いの考え方も取り入れています。占いというと少し意外に聞こえるかもしれませんが、自分にとっては、相手の個性を理解し、なかなか分かり合えない人を尊重するための一つの補助線だと考えています。

私自身もつらい人間関係の中で、未熟な自分と向き合い多くを学ばせて頂きました。その甲斐あってか、入社当初と比べると、社内での人間関係はかなり好転してきた実感があります。大切なのは、人を変えるというより、自分の見方や関わり方を変えていくことだったのかもしれません。すべては「必要」「必然」「ベスト」だと感じています。

一人ひとりが、配管工として誇りを持てる会社に

Q. 今後の展望について教えてください。

A. 現場で働く社員が、配管工としての誇りと責任感を持ち、自分らしく働ける会社にしていきたいです。上下水道の仕事は、普段は目立つものではありません。けれど、地域の方々が安心・安全・快適に水回り設備を使うためには、欠かせない仕事です。緊急工事にも柔軟に対応できる体制を整えながら、地域の暮らしを支え続けていきたいと思っています。

また、会社としては若い人材も必要です。肉体的にきつい仕事でもありますが、その分、地域の生活を支える実感のある仕事でもあります。若い世代がこの仕事に誇りを持てるように、会社の発信や採用のあり方も見直していきたいです。

佐藤一斎の『言志四録』に、「動天驚地極大の事業も亦都べて一己より諦造す」という言葉があります。天を動かし、地を驚かすような大きな事業も、すべては一人の小さな努力や行動から始まるという意味です。大きなことを言う前に、まずは自分自身の小さな努力から。地域の上下水道を支える仕事も、その積み重ねなのだと思っています。

現場に立ちながらも、学び続けることをやめない。金子さんの思考の背景には、この本棚がある。

編集後記

金子さんと話していて印象的だったのは、静かな言葉の奥にある学びの量でした。上下水道という見えないライフラインを支える仕事。そして、人間関係や会社の空気のように、同じく目には見えないものと向き合い続けてきた時間。現場の経営者でありながら、研究者のように本を読み、考え、自分の見方を変えてきた人なのだと。

「地域の上下水道を支え、地域から日本を照らす」一見大きな理念にも聞こえますが、金子さんの話を聞くと、それは決して派手な言葉ではありません。見えないところで、今日も誰かの暮らしを支える。その小さな積み重ねの先にある、静かな覚悟の言葉なのだと思いました。

 

We Can

常に求道心を持って学び続けることが強みです。経営塾の門下生としても積極的に学びを深め、得た知識を実践に活かしています。

We Want

社員教育を充実させたいです。仕事は己を磨いてくれる最高の砥石ですが、仕事のスキルの向上だけではなく、人間として成長し、世の中に貢献できる人財を育てていきたいです。
また、若い人材を求めています。上下水道工事は体力のいる仕事ですが、地域の暮らしを支える実感のある仕事でもあります。主に20代の方を中心に、この仕事に興味を持ってくれる人との出会いを求めています。また、採用や広報の面では、ホームページやSNSの活用に課題があります。会社の魅力や仕事の価値を伝えるために、発信面を一緒に考えてくれる人ともつながりたいです。

Next Relay

このバトンが、次へつながる。

青木歯科医院 青木陽太郎さん

JCで共に活動をしていました。地域活動に真摯に取り組む、まさにJCの鑑のような人物です。