眠りのその先へ。異色の挑戦者が地域に織りなす、新たな『こころね』の物語

2026.04.10

Relay From 株式会社タカギセイコー 代表取締役 髙木一成さん

呉服店の寝具部門の二代目として育ちながらも、大学中退、ワーキングホリデー、カジノディーラーと異色のキャリアを歩んできた上田泰貴さん。現在、株式会社こころねの代表取締役として、単なる寝具販売にとどまらず、「睡眠のコンサルティング」という新しいアプローチで地域に貢献しています。北信の地で、彼の多角的な視点から生まれる「こころね」の形とは。

現在のお仕事について

Q. まずは、株式会社こころねさんの事業内容について教えていただけますか?

A. 私たちの会社は寝具の販売を主軸としています。nishikawa(西川)のボランタリーチェーンに加盟することで、一般的な商品よりもハイスペックな寝具を地域のお客様にお届けできるのが強みです。近年は、単なる「お布団屋さん」というイメージから一歩踏み込み、お客様一人ひとりに合わせた「睡眠のコンサルティング」というアプローチを重視しています。

異色のキャリアを歩む原点

Q. 呉服店のご出身と伺いました。現在のお仕事に至るまでの、上田さんのこれまでの歩みをお聞かせいただけますか?

A. もともとは両親が中野市内の呉服店の寝具部門を担当していましたが、私はその仕事を継ぐつもりはなく、特に目的も持たずに京都の大学に進学しました。しかし2年で中退後、やりたいことを見つけられず、自分を追い込むためにワーキングホリデーでオーストラリアに1年滞在したんです。帰国後は通信関係の営業職を経験し、その後はビジネスビザでサイパンへ渡り、カジノのディーラーをしていました。もともと、オーストラリアでカジノ文化に触れて興味を持っていたところ、当時の石原都知事が唱えたお台場へのカジノ誘致を聞いてビジネスチャンスだと考えました。たまたま東京の専門スクールの情報を得て、翌日には願書を提出し、半年間ほど学んだのがきっかけです。2年ほどサイパンのカジノで働いていましたが、両親が体調を崩したことを知り、ひとまず中野に戻ることを決意し、その後両親と一緒に仕事をしていました。7年ほどが経ち、寝具部門の独立を考えていた時に、父が逝去したため、私が代表となり会社を立ち上げました。結婚のタイミングとも重なり、新たなスタートを切ることになったんです。

サイパンから少し離れたテニアン島にて、ディーラー時代の一枚。

父が遺してくれた人脈で乗り越えた壁

Q. 会社を設立される上で、最も大きな壁や苦悩はどのようなことでしたか?

A. 一番大きかったのは、父と一緒に独立したかったという思いがあったのに、父が亡くなってしまい、自分が代表としてゼロから会社を立ち上げなければならなかったことです。会社を作ったこともなければ、どうやったらできるのか、お金はどうするのか、全てが手探りでした。前の会社の協力はありましたが、それでもお店を建てたり、資金を借りたりするのは本当に大変でしたね。

Q. その大きな壁を、どのように乗り越えられたのでしょうか?

A. 乗り越えられたのは、まさに父が遺してくれた「人脈」でした。税理士さん、司法書士さん、メーカーさん、建設をお願いする工務店さんなど、父が地域で培ってきたつながりが、私が会社を立ち上げる上で本当に助けになりました。後になって、「父がこういう人たちとのつながりを残してくれていたんだ」と痛感しましたね。

現在の店舗外観

「しっかりと休む」ことが仕事の哲学

Q. お仕事をする上で、上田さんが大切にされている「こだわり」や「哲学」はありますか?

A. 私のスタイルとして、「しっかりと休むこと」を大切にしています。法人を立ち上げて10年になりますが、国内の経営者の方々と話す中で、自分のスタイルを持たないと周りに飲まれてしまうと感じました。現役で仕事ができるのは残り20年くらいだと思っているので、自分らしくありたいと決めたんです。仕事は一生懸命やりますが、遊ぶときはしっかり遊ぶ、いわゆるワークライフバランスですね。私が率先して休むことで、スタッフも同じように休める環境を作ってあげたいと思っています。お客様にも理解をいただきながら、無理なく仕事を続けていくのが私の考えです。

地域と共に「眠り」の未来を耕す

Q. 北信地域、そして未来に向けて、上田さんが描くビジョンをお聞かせいただけますか?

A. 「お布団屋さん」という枠に囚われず、地域で必要とされることを仕事としてやっていきたいと考えています。人口減少が進む中で、2050年には中野市も人口が3割減ると言われています。ニーズも変わるでしょうし、今の業態が減ったりなくなったりする可能性もあります。しかし、生活していく上で必要なものは必ずありますから。地域の皆さんが喜んでくれるなら、布団屋さんだけでなく、別の「○○屋さん」としても、柔軟に対応していきたい。単純に人口が減れば売り上げも減るという危機感は常に持っています。だからこそ、常にアンテナを張って、地域と共に変化していくべきだと考えています。

店舗内観。

編集後記

上田さんのこれまでの多様な経験と、地域への深い愛情から生まれる「こころね」の形。その柔軟な発想と行動力は、北信地域の未来をより豊かに照らしてくれることでしょう。

We Can

AIがある時代で、答えが見つかることも多いですが、私はJCやYEGの会長、業界団体での委員長といった経験を通して、様々な視点を持つことができました。自分の業種に限らず、「この人はこういうことをすればもっと楽しいだろうな」「こんなニーズが生まれるんじゃないか」といったアイデアを見つけるのが得意なんです。うまくいくかは分かりませんが、その人がまだ気づいていない強みや、地域やお客様ともっとマッチングできる方法を提案できる。そこが私の強みだと思っています。

We Want

実は営業面に弱い部分があります。店舗でのBtoCがメインなので、BtoBの営業がもう少しできたらと。そうしたところをつなげてくれる方がいれば、ぜひお力をお借りしたいです。インバウンドで観光客の方も増えていますし、宿泊業向けの商品もニーズがあると思うのですが、なかなか営業をかけられていないのが現状ですね。

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萩原左官 萩原康さん

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