「好き」を原動力に、きのこの可能性を広げる。小林きのこ園・矢岡太一さん

2026.09.15

小林きのこ園 園主 矢岡太一さん。

Relay From 保科バラ園の保科さんにご紹介いただいたのは、中野市で「小林きのこ園」を営む園主、矢岡太一さんです。

小林きのこ園で生産しているのは、えのきと黒あわび茸です。黒あわび茸は、肉厚で歯ごたえがあり、加熱しても縮みにくいきのこ。飲食店や旅館で使われることもあります。ただ、まだ広く知られている食材ではありません。名前を聞いただけでは、どんな味で、どう料理すればいいのかを想像しにくい。だから矢岡さんは、黒あわび茸を「作る」だけではなく、「どう食べるとおいしいか」まで届けようとしています。

もともとはソフトウェアの仕事をしていた矢岡さん。エンジニア時代に身につけた記録と改善の考え方を、きのこ栽培にも活かしています。一方で、音楽やけん玉など、自分が好きなものをきのこと結びつける活動も続けています。まだ知られていない黒あわび茸を、食材としてどう広げていくのか。矢岡さんの仕事について伺いました。

エンジニアからきのこ農家へ。ものづくりの距離が近くなった

Q. きのこ農家になったきっかけは何だったのでしょうか。

A. 私は兵庫県出身で、大学から横浜に出て、そのまま首都圏でソフトウェアエンジニアとして働いていました。長く携わっていたのは大手キャリア携帯の商品開発です。中野には2014年に移住しました。きっかけは、大学で知り合った妻が中野のきのこ農家の娘だったこと。転職を考える中で、自分で作った商品を直接消費者に届けられる農業に、ものづくりの最高の形を見出しました。

もちろん、最初から農業でやっていける確信があったわけではありません。エンジニアとしての知見が農業に活きるかも、当時はわかりませんでした。そもそも、農家としてどういう仕事をしていくのかも漠然としていて。それでも、エイヤで飛び込みました。

エンジニアからきのこ農家へ。記録と改善を大切にする仕事について伺いました。

まだ知られていない黒あわび茸を、どう食べるかまで伝える

Q. 現在、小林きのこ園ではどのようなきのこを生産されていますか?

A. 主にえのきと黒あわび茸の2種類を生産・販売しています。栽培規模としては、えのきと黒あわび茸がおおよそ2対1ですね。えのきは全量農協へ出荷していますが、黒あわび茸は約7割を農協に出荷しつつ、残りは自社で販売しています。

黒あわび茸は、特徴のあるきのこです。肉厚で歯ごたえが強く、加熱しても縮みにくい。一般のお客様だけでなく、飲食店さんや旅館さんに使っていただくことも多いです。ただ、まだまだ知名度は低いし、市場としても小さい。

なので、私の仕事としては、ただきのこを作るだけではなく、その魅力を伝え実際に買っていただくところまでだと考えています。どう食べたらおいしいのか。どんな料理に合うのか。そこまで伝えないと、手に取ってもらいにくい。和食、洋食、中華、どの料理にも使える可能性がありますが、まだその使い方が十分に知られていません。自社販売もして、認知度が高まって、それが市場価格にも良い影響を与えられたらいいなと思っていて、個人的にも、普及活動をしています。

Q. なぜ、黒あわび茸の栽培を始められたのですか。

A.  最初に黒あわび茸を食べたときに、『これは唯一無二のすごい食材だ』と直感したことがきっかけです。2017年から栽培を始めましたが、当時は生産者も少なく、栽培方法も十分に確立されていませんでした。普通ならリスクですが、誰も正解を持っていないものを、自分で試しながら作り上げていくことに面白さを感じました。

小林きのこ園の黒あわび茸。

世界的レストランの要望が、栽培と選別を変えた

Q. 黒あわび茸の栽培で、特に印象的な出来事はありましたか?

A. 一昨年の2024年に、コペンハーゲンにある世界的に有名なレストラン「noma」のスタッフから突然連絡をいただきました。京都で3ヶ月間のポップアップイベントを開催するにあたり、当園の黒あわび茸を使いたいという、大変ありがたいお話だったんです。

ただ、約3か月にわたって、多くのお客様に提供される料理で使われます。品質と量について、かなり厳密な対応が求められました。さらに、根元を残して収穫してほしいというリクエストがありました。通常、黒あわび茸は軸を切って、傘の部分をパッケージして出荷しています。農協や周りの生産者とも、そういう形で規格を決めていました。

根元を残すというのは、普段の収穫方法とは違う。たくさん収穫する中で、nomaへの納品分だけは根元を残す必要がありました。スタッフとも相談しながら、どうしたら満足してもらえるかを考えました。収穫や選別の方法を変える。一度にまとめて納品するのではなく、週に3回くらいに分けて細かく納品する。そうすることで、品質を維持しながら対応できるようにしました。また、黒あわび茸にもA級品、B級品があります。A級品率を高める必要もありました。どうすれば良いものが増えるのか、文献も調べて、栽培方法も改善しました。

この経験が、さまざまな要望にも柔軟に応えられる生産者としての、大きな自信につながりました。

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感覚だけに頼らず、記録とAIで品質を再現する

Q. 矢岡さんがきのこ作りで大切にしていることは何ですか

A. 品質の再現性です。たまたま良いものができるのではなく、いつ買っていただいても、『小林きのこ園のきのこなら大丈夫』と思ってもらえる状態にしたい。そのために、感覚だけに頼るのではなく、数値や記録を大切にしています。

温度や湿度、室内の環境、発生の状態などを記録して、なぜ良かったのか。なぜ悪かったのか。そこを分解して考えます。仮説を立てて、試して、結果を見て、また改善する。この考え方は、ソフトウェア開発とかなり似ています。

今はAIも活用して、栽培記録を整理したり、データから改善の仮説を考えたりしています。エンジニアとしての経験はかなり活きています。Excel一つとっても、前職の経験は役に立っている実感がある。もともと大学は文系で、就職してからプログラミングを覚えました。ロジックでものを考えることは、農業を始めてからの方がより活きているかもしれません。

物事を判断するときに、記録を見て、原因を考えて、改善する。その積み重ねが、品質の再現性につながっています。

栽培環境を記録し、結果を見て改善する。エンジニア時代の考え方が、きのこ作りにも活きています

「好き」という熱量が、原動力になる

Q. 今後の展望について教えてください。

A. 中野市に移住するとき、実家の両親から『地域に溶け込みなさい』と言われました。この言葉は今でも大切にしています。

消防団、祭祀団、JA青年部、PTAなど、地域の活動にはできるだけ真ん中に入って関わってきました。そこでできた仲間たちが、自分が何か『やってみたい』と思ったときに支えてくれています。そういうつながりがある中で、きのこを通じて実現したいこともたくさんあります。

一昨年、昨年と2年間、8月末に「夏のきのこ収穫祭」を開催しました。元々音楽が好きで、フェスのようなことをやってみたかったんです。コロナ禍でキッチンカーの事業者が増えた中で、園地の前の広いスペースを使って何かできないかと。そこから地域のキッチンカー事業者さんと繋がりができ、隣接する事業者の方のご協力も得て実現しました。

運営にはJA青年部の盟友たちも協力してくれました。夜には園地全体をライトアップし、昨年は500人もの方にご来場いただきました。出店者さんには黒あわび茸を使った一品を提供してもらい、私は好きな音楽をかけながら、自分自身も皆さんと一緒に楽しむ。まさに「やってみたかったこと」を、きのこと結び付けて実現できたんです。

収穫祭は準備がかなり大変で。私自身PTAなどの地域の役員をやらせてもらう関係もあって、今年の開催を見送りました。でも、これからも自分が面白いと思ったことと、きのこを結びつけていきたいですね。最近は1年半ほど前からけん玉にはまっていて、けん玉先生の資格も取りました。今は「けん玉ときのこの普及」を同時にできないかと考えています。

共通しているのは、私自身の「個人的な熱量」なんです。最初から誰かと一緒に何かを始めるのではなく、「これが好きだ」という純粋な思いが、時に人を巻き込み、大きなムーブメントになることがある。その熱が、私の使命である『キノコの魅力を伝える』ことの原動力になってくれると信じています。

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編集後記

矢岡さんの話は、黒あわび茸を作る話であると同時に、まだ知られていない食材をどう使ってもらうかという話でした。

肉厚で、歯ごたえがあり、加熱しても縮みにくい。けれど、名前だけでは味や使い方が伝わりにくい。だからこそ、生産だけでなく、食べ方や楽しみ方まで届けようとしているのだと思います。

エンジニア時代の考え方を活かした記録と改善。世界的レストランへの納品経験。音楽やけん玉まで含めた、自分の「好き」ときのこを結びつける動き。黒あわび茸を通じて、食材の使い方だけでなく、人や場も広げていく仕事なのだと感じました。

関連リンク

We Can

黒あわび茸の提供
えのきの生産
黒あわび茸の食べ方・レシピ提案
飲食店・旅館向けの黒あわび茸相談
仲間の農家紹介
AIを使った農業改善の体験共有
農業の記録・データ活用に関する相談
夏のきのこ収穫祭で使用した照明備品の貸出相談
イベント企画・出店者連携の経験共有
けん玉体験・けん玉指導

We Want

黒あわび茸は、まだ広く知られているきのこではありません。
肉厚で歯ごたえがあり、加熱しても縮みにくいという特徴がありますが、名前を聞いただけでは味や使い方を想像しにくい食材でもあります。
だからこそ、この食材を面白がってくれる料理人や食品事業者の方とつながりたいです。
単に仕入れてもらうだけではなく、新しい食べ方や料理、加工品、商品価値を一緒につくっていける方と出会えたらと思っています。
飲食店、旅館、食品加工、イベント出店など、黒あわび茸を使ってみたい方がいれば、ぜひ相談してほしいです。

Next Relay

このバトンが、次へつながる。

MITSUI FARM 三井透さん

農協青年部の盟友の一人です