あずまやで完結させず、小布施の町へ出かけてもらう。木下真風さんの宿づくり
2026.08.24
Relay From 北村高圧の北村さんからご紹介いただいたのは、小布施の宿あずまやの支配人、木下真風さん。
木下さんが担っているのは、宿の運営全般です。予約管理、部屋の清掃、お客様対応、スタッフ教育。宿に関わる仕事を幅広く見ています。
ただ、木下さんが考えているのは、宿の中だけで完結する運営ではありません。
小布施で食事をする。町を歩く。北斎館のような文化資源に触れる。夜のお店に出かける。朝を小布施で迎える。宿を目的地にするのではなく、小布施の町へ出かけるための拠点にする。
東京のホテル勤務、小布施牧場ミルグリーンの立ち上げ、ゲストハウスの運営を経て、木下さんは今、小布施を「通過する町」から「滞在する町」にしていく宿づくりに取り組んでいます。
東京のホテルから、小布施へ戻った
Q. 小布施の宿あずまやの支配人になるまで、どのような経緯があったのでしょうか。
A. 18歳で大学進学を機に上京し、卒業後は都内のホテルに就職しました。
長男ですし、30歳を機に戻ってこられたらという思いがあって。運よく結婚もできて、妻を連れて帰ってきたのが30歳のときです。
Q. 戻ってすぐに宿の仕事を始めたわけではなかったんですね。
A. そうですね。その少し前に、弟から連絡がありました。弟は酪農家で、ニュージーランドで放牧酪農を学んでいました。それを小布施でやりたいという意志があったんです。
独立したいという思いが高まった段階で、東京にいる私に連絡がありました。「兄貴に商品をつくってほしい」と。6次産業化を目指して、それで小布施牧場ミルグリーンを起業しました。10年ほど前のことです。
Q. 木下さんは、そこでどんな役割を担っていたのでしょうか。
A. 9年ほど、小布施牧場ミルグリーンでジェラート職人として働いていました。その後、昨年になりますが、小布施牧場を離れて、父の運営する文屋という会社に移りました。
文屋は本づくりや出版を軸に事業を展開している会社ですが、その一環として宿泊部門がありまして。小布施町の中町に、ゲストハウス小布施という蔵を改装した宿があり、そこの運営をしていました。
Q. そこから、あずまやの支配人になったんですね。
A. はい。小布施牧場を離れた頃、株式会社0十(まるっと)が立ち上がり、小布施の宿あずまやを始めることになりました。
社長の小林秀樹さんが、私が弟と6次産業を立ち上げた経緯や、ゲストハウスを運営していた経験を見てくださっていて。それであずまやの支配人として運営を任せていただけることになりました。
今の肩書きとしては、文屋という会社の宿泊部門の責任者であり、株式会社0十から委託を受けている小布施の宿あずまやの支配人でもあります。

小布施の宿あずまやの支配人として、宿と町の関係について伺いました。
地域に根づくために、まず近くの人に説明する
Q. これまでの経験で、大変だったことはありますか。
A. 壁とか苦労とかという感覚がないというか。そうは思ってなくて、糧になる経験だなと思って取り組んでいます。ただ、今振り返れば牧場の立ち上げが大変だったと思います。牧場というのは、いわゆる継承事業がほとんど。ゼロからスタートすることは普通はあまりありません。
当時は牛舎もありませんし、牛もいませんでした。ただ、50年ほど畜産をされていた方が離農されて、その方の牛舎をお借りできることになりました。木下家が家族ぐるみでお付き合いしていた方の親戚で、紹介していただいたんです。
50年選手の建物だったので整備は必要でしたが、ある意味では居抜きスタートすることができた。家族ともども、普段の関わりがあってこそお貸しいただけたんだと思います。
Q. ジェラートのお店は、小布施の中心地ではなく住宅地につくられたんですね。
A. はい。小布施町の大島という住宅地の中に、ミルグリーンをつくりました。
小布施は観光地として有名で、中心地には人口に対して何倍もの観光客が来ます。中心地でやればお客さんもつきやすかったかもしれません。でも、そこをあえて中心地から離れた住宅地にしました。
そこに新しい人の流れができて、雇用が生まれて、町全体の活性化が進むのではないかと考えたからです。
Q. 地域の方への説明も必要でしたか。
A. 必要でした。お店の場所は、玄照寺というお寺が管理する森に面していました。自然に恵まれた場所ですが、同時に住宅地でもあります。
ご住職に理念や事業内容を説明したうえで、お借りできることになりました。ただ、地域の方からすれば、不安もあります。
私たちの生活を脅かすのではないか。動物のにおいは大丈夫なのか。人の流れが変わるのではないか。そういう声もありました。当時、私たちは30歳と28歳の若造です。必死に説明をしても、なかなかまとまる訳もない。反対意見もありましたし、説明不足だというお叱りも受けました。
その場では、ご住職や当時の町長をはじめ地域の方々にも支えていただきながら、「まずはやってもらって様子を見よう」と場を治めていただき、走り出すことができました。
Q. その経験は、今の宿の仕事にもつながっていますか。
A. つながっています。事業をやる場所は、ただ空いているから使えばいいというものではないと思っています。
地域に愛されて、根付くからこそ、その会社の存在意義がある。ジェラート屋さんも、牧場もそうでした。地域といっても、まずは隣のお宅、近所の方々に、「このジェラート屋さんがあってよかった」といつか思ってもらいたい。そう考えて取り組んできました。
お客さんがジェラートの味をどう思ったか。どんなおもてなしで、どう思っていただけるのか。相手の気持ちに寄り添うこと、そこは今のあずまやの仕事にも生きています。

東京のホテル、小布施牧場、ゲストハウスを経て、現在の宿づくりにつながっています。
一人ひとりに合った距離感で迎える
Q. 宿の仕事をするうえで、大切にしていることはありますか。
A. お一人お一人への距離感です。東京でホテルの仕事をしていたときにも学んだことですが、そこは今も気をつけていますし、こだわりでもあります。
宿には、いろいろな方が来ます。観光を楽しみに来られる方もいれば、お仕事で来て、寝に帰ってくる方もいます。冠婚葬祭の前泊として来られる方、勉強に来る方もいます。それぞれに合った距離感が必要だと思っています。
Q. どういう距離感がよいかを、どのように見ていますか。
A. フロントで対峙して、すぐに全部わかるわけではありません。かといって、深く聞きすぎることでもありません。
察知して変えていく感じですね。その方がどの分野を楽しみにしているのか。食なのか、文化なのか、スキーなのか。
食だけでも、車で来ているのか、徒歩なのかで紹介するお店も変わります。夕食の場所を聞かれることも多いですが、地元の方が行くようなお店を求める方も少なくありません。
小布施町で生まれて、この仕事をしている私だからこそおすすめできる場所があると思っています。宿に泊まる方に、小布施でどう過ごしてもらうか。その人との距離感を大切にしながら、案内していきたいと思っています。
あずまやで完結させず、町へ出かけてもらう
Q. 小布施の宿あずまやは、どんな場所を目指しているのでしょうか。
A. あずまやという名前は、公園などにある東屋に由来しています。休息とか、休憩所のような意味です。
小布施にとって、そんな場所になりたいという思いがあります。この場所を拠点に、食事に出かけてもいいですし、観光してもいい。北斎館のような文化資源に触れるのもいい。
夕食を取って帰ってきてもらって、一日の始まりを小布施町から始めてもらう。そういう場所にしたいと思っています。
Q. 宿の中で完結させるというより、町へ出てもらうんですね。
A. そうです。あずまやの中だけで完結することを考えているわけではありません。
あずまやから出かけてもらうことを大事にしています。小布施には、地域の方に人気のお店や、おもてなしが素晴らしい既存のお店があります。宿泊される方には、そういう場所も楽しんでいただきたいです。
Q. 宿泊者同士や、地域の方との交流も考えているのでしょうか。
A. はい。あずまやには、いろいろな方が関わってくれています。仲間も多いです。
イベントも少しずつ展開しています。先日は占いの会をやりましたし、日本酒の会もやっています。好きな日本酒を持ち寄ったり、北海道や東北のお酒とか、テーマを決めたりして、普段感じていることを話したりする場になっています。
そこに宿泊者が加わることもあって。別の宿泊者同士の交流が生まれたり、スタッフと話したことがリピートにつながったり、また小布施町に訪れるきっかけになればいいと思っています。

小布施で一日を始め、夜を過ごすための滞在拠点です。
通過型だった小布施を、滞在型にしていく
Q. 宿があることで、小布施にどんな変化をつくりたいですか。
A. 小布施町は、50年前に北斎館ができて、40年前くらいからまちづくりが始まりました。先人の方々が、栗菓子、酒屋、お土産屋を中心に、観光地として育ててきた町です。
ただ、どうしても秋のシーズンを中心に、大型バスで来て、2、3時間で歩いて回る観光が当たり前になっている部分もある。いわゆる通過型です。そこを、宿ができることで滞在型にしていきたいです。
Q. 滞在時間が長くなることで、町の使われ方も変わりますね。
A. そう思います。小布施は夕方5時になると、すごく静かになります。それは魅力でもあります。
でも、この宿が元気になるほど、夜のお店の需要も高まっていくと思っています。夕食を取るお店、スナックやバー。そういう需要が見えてくれば、新しく始める方も出てくるかもしれません。
朝の需要もあります。今は9時、10時から始まるお店が、宿泊者の朝食需要によってもう少し早く開くようになるかもしれない。そうやって、宿があることで町の時間の使われ方が変わっていくと思っています。
Q. 秋だけではない小布施にも可能性がありますか。
A. あります。小布施というと栗の秋のイメージが強いですが、春夏のさわやかなシーズンもありますし、冬のスキーシーズンもあります。
中野周辺から山ノ内、野沢温泉、志賀高原、長野市の飯綱、戸隠まで、上質な雪があるスキー場が小布施町から車で1時間圏内にたくさんあります。冬はインバウンドの方々の稼働もあります。
今日は志賀高原、明日は野沢温泉、中日は小布施で観光する。そういう長期滞在の拠点にもなり得ると思っています。
Q. 小布施全体で考えているんですね。
A. そうですね。自分のところだけがよければいいということではありません。一人の事業者、一人の人間ができることは限られています。共存共栄するからこそ、続いていくものがあると思っています。
困りごとがあったら助けてもらうし、自分もそうでありたい。ただ仲良くするだけではなくて、お互いに切磋琢磨する。普段からの関係性が大事です。
目先のことだけではなく、結果的に町にとってよい形になることが大事だと思っています。あずまやで完結させるのではなく、小布施の町へ出かけてもらう。その積み重ねで、小布施を通過する町から、滞在する町にしていきたいです。

小布施の宿あずまや。町へ出かけ、また戻ってくる拠点として運営されています。
編集後記
木下さんの話は、宿を一つの施設として見る話ではなく、小布施の町との関係で考える話でした。
あずまやの中で完結させるのではなく、町へ出かけてもらう。食事をし、文化に触れ、夜の小布施を歩き、また宿へ戻ってくる。
通過型だった小布施を、滞在する町にしていく。そのための拠点として、宿を運営しているのだと感じました。
関連リンク
We Can
小布施の宿あずまやでの宿泊
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小布施町内の飲食店・観光案内
小布施を拠点にした北信地域観光の提案
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We Want
小布施というと、栗、北斎、花の町という印象を持つ方が多いと思います。一方で、宿に泊まり、夜を過ごし、朝を迎える町としての小布施は、まだ十分に知られていません。
口コミで広がっていくことは大切ですが、それだけでは時間もかかります。小布施の宿あずまやを、まだ知らない方にどう伝えていくか。宿としての小布施、滞在拠点としての小布施をどう発信していくか。広報や発信、写真、文章、企画づくりに詳しい方とつながれたらありがたいです。
また、小布施の夜や朝を一緒につくっていける飲食店、イベント企画者、地域の事業者ともつながっていきたいです。宿の中で完結させるのではなく、町へ出かけてもらう宿にしていきたいので、小布施での滞在を一緒に面白くしていける方と関われたらと思っています。