当たり前にあった味を、絶やさない。糀屋本藤醸造舗・鈴木はるなが受け継ぐ158年の糀と味噌

2026.06.27

有限会社糀屋本藤醸造舗の鈴木はるなさん。味噌や糀、発酵食品の製造販売に携わっている。

Relay From 土屋商店の土屋智巳さんからご紹介いただいたのは、有限会社糀屋本藤醸造舗の鈴木はるなさんです。土屋さんとはいとこの幼馴染、小さい頃によく一緒に遊んでいたそうです。

有限会社糀屋本藤醸造舗は、味噌や糀、発酵食品を製造・販売する会社です。創業から158年。塩こうじ、醤油こうじ、甘酒などの発酵食品も手がけながら、地域の食卓に長く続いてきた味を届けています。

鈴木はるなさんは、5代目として広報、販売、店舗対応、製造など幅広く携わっています。家業として小さい頃から見てきた仕事。けれど、自分がそこに入るとは考えていませんでした。クラシックバレエで海外に渡り、3年ほど過ごしたのち帰国。海外で日本食が恋しかった経験から、当たり前にあった味が自分の中で大切なものだったことに気づいていきます。

「150年の圧を、いい意味で感じています」

お客様の言葉を通して、続いてきた味の重みを受け取りながら、鈴木さんが考える家業とこれからについて伺いました。


158年続く、味噌と糀の仕事

Q. まず、現在のお仕事について教えてください。

A. 会社としては、味噌、発酵食品、糀の製造と販売をしています。発酵食品では、塩こうじ、醤油こうじ、あまざけなどがあります。黒豆を発酵させたしょうゆ豆や、漬物も作っています。

創業から158年目、今の社長が4代目で、私たちが5代目です。私自身は、広報や販売、店舗での接客、製造など、全般に携わっています。社長がやってきた製造の根幹の部分にも、少しずつ関わるようになってきました。

店頭に並ぶ糀屋本藤醸造舗の味噌。地域の食卓に、長く当たり前のようにあった味でもある。

継ぐつもりはなかった家業

Q. 小さい頃から、家業に入ることは考えていたのでしょうか?

A. 家業なので、小さい頃から見てきた仕事ではありました。でも、自分が継ぐとか、やるということは、まったく考えたことがなくて。小さい頃から習い事でクラシックバレエをやっていたというものあって、留学を経てそのまま海外でしばらく過ごしていました。

バレエと海外生活

Q. 海外には、バレエで行かれていたのですか?

A. そうですね。オランダやスイスで、全部で3年ほど海外にいました。帰国のきっかけになったのはケガでした。そういうと大きな挫折のように見えるかもしれませんが、乗り越えようと思えば乗り越えられた、少し休んで戻るという選択肢もあったと思います。

自分の中では、海外に行くこと自体が大きな目標になってしまっていて、そこに行けたことでやり切った感がありました。最初の1、2年はよかったんですが、最後の1年くらいは苦しかったです。どうしたらいいのかな、うまくいかないな、というモヤモヤがあって。ケガをしたことは、むしろ幸いだったのかもしれません。そこで一度リフレッシュしようと思って帰ってきました。

海外で恋しかった日本の味

Q. 海外で過ごした経験は、家業を見る目にも影響しましたか?

A. すごくありましたね。海外の食事がまずかったということではありませんが、日本食がすごく恋しくて。食が、自分の中で知らず知らずのうちにアイデンティティになっていたんだなと痛感しました。帰ってきてから改めて思うのは、家業として当たり前にあったものが、実はすごく続いているものなんだなということ。海外にはないものだし、なくなるのはさみしいなという気持ちが芽生えました。当たり前に見てきたけれど、すごく貴重なものだったんだです。

夫の一言で、家業へ

Q. 実際に家業に入るきっかけは何だったのでしょうか?

A. 大きなきっかけは、夫の一言ですね。日本に戻ってからは、しばらく介護の仕事をしていたんです。介護にはもともと興味があって、体験学習にも行っていました。一般的な事務の仕事というより、やりたいことをやってみようと思って選んだ仕事でした。

家業のことは、頭の片隅にずっとありました。長女だし、という気持ちもどこかにあって。使命感みたいなものも、知らず知らずのうちにあったのかもしれません。

その後、結婚を機に、夫が家業を手伝ってくれると言ってくれました。その一言があって、家業に入ることが具体的に進んでいったんです。

店頭でお客様に説明する時間も、鈴木さんにとって家業を知る大切な場になっている。

家業に入って知った、作る面白さ

Q. 家業に入ってみて、どんなことを感じましたか?

A. 商品がこうやって世に出ているんだ、ということは、家業に入ってから知りました。皆さんに喜んでもらう商品を、こういう過程で作っているんだという面白さもそうですし、誇りというか、すごいなという気持ちも、改めて感じました。

最初は、いかに周りの人の想いに応えるかを大事にしていました。それが楽しい時も多かったです。自分たちの価値や、やり方、想いを、自分たちの形で出せる。そこは面白いところだと思います。

150年の圧を、いい意味で感じる

Q. 仕事の中で、大切にしていることはありますか?

A. 自分が嫌だと思ったことはしない、ということですかね(笑)。自分がおいしくないと思ったものは出さない。すごく主観的なことではあるんですが、そういう感覚は大事にしています。

それと、お客様や周りの人と関わる中で、期待を裏切らないようにしようという気持ちがあります。最初にお店に立った頃なんかは、「娘か」とか「孫か」と聞かれて。昔から来てくださる方で、「先代にはお世話になった」とか、「先々代の頃から使っている」、「(あなたの)じいちゃんばあちゃんによくしてもらった」とか、たくさん頂くんです。そういう話を聞くと、150年以上続いているというのはこういうことなんだな、と。お客さんを通して、初代からの続いてきたものの重さというか。それはプレッシャーというより、150年の圧をいい意味で感じています。

簡単にはやめられないな、という気持ちもありますね。私だけではなく、妹たちもその気持ちを持ってくれている。ここに生まれたものの、アレじゃないですか(笑)。そういうものがあるのだと思います。

「昔からこれで育ってきた」と話してくれるお客様がいる。その言葉が、鈴木さんにとって続けていく理由の一つになっている。

当たり前にあった味を、絶やさない

Q. 今後の展望についてお聞かせください。

A. ここでやっている意味を忘れないようにしようと思っています。

地域の人に限らず、使ってくださる方の中には、「この商品がなくなったら嫌だな」とか、「昔からこれで育ってきた」と言ってくださる方がいます。最近では海外のお客様にも使って喜んでいただくこともあるので、海外に向けて広げていくという選択肢もあるのかもしれません。

でも、ここで根を張ってやることに、文化的な意味がある気がしていて。そこは変えてはいけないと思っています。東京に行った時に、「こんな味噌、食べたことない」と言ってもらうことがあります。でも、この辺に住んでいる人にとっては、当たり前に触れて育ってきた味で。学校の体験にも協力していて、小さい時に味噌を作る体験をして育つ、そういうことがこの地域にはあります。根付いている文化というか、続いてきたものというか。伝統というと少し重いですが、そういうものは、この地域だからあるのだと思っています。

ただただ、絶やさないように。灯になっても、絶やさないように。すごく大きなプラスにはできなくても、地域にとってマイナスにはしちゃいけないなと思っています。そんな感じですかね(笑)。

We Can

糀屋本藤醸造舗では、味噌、糀、発酵食品の製造販売を行っています。
塩こうじ、甘酒、醤油糀などの発酵食品のほか、しょうゆ豆や漬物なども手がけています。
店舗での販売に加え、味噌づくり体験や糀・発酵食品に関する講座も行っています。
学校や団体向けの体験受け入れ、出張講座にも対応できます。
「こういうことを学びたい」「こういう体験をしたい」という相談に対して、内容を考えながら柔軟に講座や体験の形をつくることができます。
また、糀や発酵食品を使った商品コラボレーションにも対応しています。

We Want

良いものを作ることには自信がありますが、それをどう伝えるか、どう見せるかについては、まだ課題があります。
自分たちが大切にしている価値や、糀屋本藤醸造舗らしさを、分かりやすく届けるための広報、PR、マーケティングについて相談できる方とつながりたいです。
また、糀や発酵食品を使った商品づくり、体験や講座の企画、地域の食文化を伝える取り組みに関心のある方とも、一緒に形を考えていけたら嬉しいです。

Next Relay

このバトンが、次へつながる。

合同会社NORTH 北 直樹さん

元地域おこし協力隊の方で、うちの味噌をつかったバウムクーヘンの企画いただいています。