「こんなの作ってくれ」から始まるパン屋。大西ぱん・大西英遂と須賀川の日々
2026.06.26
Relay From 里山ようちえん おやまのおうちの山崎龍平さんからご紹介いただいたのは、合同会社大にし屋(大西ぱん)代表の大西英遂さんです。山崎さんと同じく山ノ内町へ移住して事業を興した大西さん。のんびりした店主が作る、菓子パンや惣菜パンが魅力のお店です
大西ぱんは、山ノ内町須賀川にあるパン屋です。店舗での販売だけでなく、イベント出店、いきいき館での移動販売、山ノ内コーヒーへの卸、役場や社会福祉協議会などへの訪問販売も行っています。代表の大西英遂さんは滋賀県出身。もともとは製造業の会社員で、趣味でパンを作っていました。自分のお店を持ちたいと思い、会社を辞めて専門学校へ。その後、全国の空き家バンクで物件を探す中で、須賀川の今の建物に出会いました。
「大変だったことは、あんまりないです。ラッキーだったと思っています。」
役場の人に案内され、地域の人に助けられ、近所の人に「こんなの作ってくれ」と言われたパンを作る。そんな大西さんに、須賀川でパン屋を続ける日々について伺いました。
須賀川のパン屋、大西ぱん
Q. まず、現在のお仕事について教えてください。
A. 山ノ内町須賀川で、大西ぱんというパン屋をやっています。店舗で販売するほか、土日はいきいき館での移動販売や、イベント出店、卸販売、訪問販売もしています。あとは渋温泉の山ノ内コーヒーさんに卸したり、役場や社会福祉協議会などにパンを持っていったりですね。
Q. パン屋を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
A. もともとは製造業の会社員で、ベアリングの加工工場で機械操作をしていました。パンづくりを始めたのは25歳くらいのころで、最初は趣味でした。作っているうちに自分のお店を持ちたいと思うようになり、35歳のころに会社を辞めて専門学校へ。その後、いくつかのパン屋で働いてから独立しました。

須賀川でパン屋を続ける日々について話す大西さん。気負わない言葉の中に、地域に入っていく上で大切にしてきたことがあった。
自分の想いを乗せられるものづくり
Q. 移住されたとお聞きしています。須賀川に来たのは、どういう経緯だったのですか?
A. 独立にあたって、お店と住まいが一緒になっているところを探していました。パン屋は騒音の問題もあります。
深夜ないし朝早くからミキサーを回したり。結構な音が出るんですよね。だからある程度静かで、音を出しても大丈夫な場所がいいなと思っていて。
全国の空き家バンクで探していた時に、今の建物を見つけました。役場の人にも案内してもらって。この建物は、もともと飲食業として使われていたので厨房設備もあり、パン屋として始めやすい環境だったんです。なにより、果樹や高原野菜がおいしくて。それをパンに取り入れたら面白いと思って、決めました。雪はちょっと想定外でしたけどね(笑)。
Q. 製造業からのパン屋さんへの転身というのは大きな決断だったのでは。
A. ものづくりという意味では、前の仕事も同じだと思っています。ただ、前の職場では、自分の想いが乗ることはありませんでした。決められたものを作る仕事だったので。パン屋なら、自分の想いを乗せられる。自分で形にできる。それなら、やってみようかなと思いました。
気づいたら、支えてもらっていた
Q. 移住してお店を始める中で、大変だったことはありますか?
A. 大変だったと思ったことは、あまりないです。つまずいたとか、失敗したとか、そういう風には思ったことはありません。ただ、ラッキーだったなと思っています。運というか。役場の人に連れられてここに来て、役場にもパンが好きな人がいて。自分が宣伝しなくても、勝手に広げていってもらったりなんかして。
ここの地域の人は助けてくれます。「何かあったらおいでよ」と言ってくれたり、分からないことを教えてくれたり。そういう意味では自分ひとりでやってきたという感じはありません。気がついたら支えてもらっていました。

「普通に、ですね」と話す大西さん。あいさつをして、約束を守って、地域の行事に出る。その積み重ねが、須賀川での暮らしにつながっている。
普通のことを、普通に
Q. お店を続ける上で、大切にしていることやこだわりはありますか?
A. いやもう、普通に、ですね(笑)。当たり前のことを当たり前に、普通にしています。例えば挨拶をするとか、とういうのをきちんとする。遅刻しない。約束を守る。言ったことはやる。できないことは、できないと言う。そういう感じです。
もちろんそれだけじゃなくて、地域でやることには普通に参加しています。例えば奉仕作業、いわゆる「おてんま」とか。春には沢に下りて掃除をするとか、地域でやらなきゃいけないことが決まっていますよね。安協で白線を引いたり、消防団に入ったりも。人数が少ないので、そういう活動にも普通に出ています。
そうやって、もともとある自治会や組も含めて、自然と関わり持つという感じですかね。
「こんなの作ってくれ」に応える
Q. 地域の人との関わりは、開業してから進めたのですか?
A. 実は、今の店舗をリフォームしている間は、滋賀県から通っていました。自分でできることは自分でリフォームしていたんです。そうしていると、近所の人に聞かれるんです。「お前は誰だ」と。それで、ここでパン屋をやるんですとか話しをして。そこから徐々に、「パン屋をやるならこんなのを作ってくれ」とか言われるようになって。それで、その通りに作っています。お客さんから「こんなのが欲しい」と言われて、それに応じて作っているものはいくつもあります。一つでいろいろな味が楽しめるパンも、近所のおばあちゃんの声から作りました。
リフォーム中から地元の人と交流していたので、開業する頃には、ほとんど知ってもらっていたと思います。「パン屋をしに滋賀県から来るあんちゃん」として。

真ん中にある気まぐれ3種。これは、「いっぱいは食べられないから、いろんな味のパンがほしい」と近所のおばあちゃんの声に応えて作った、大西ぱんらしい一品。
今度は、受け入れる側に
Q. 今後の展望についてお聞かせください。
A. 自分は、移住者の身で、先に住んでいる人たちに世話をしてもらいました。だから、新しく来てくれた人にも「楽しくやろうね」と言えるようになりたいです。今度は、自分が受け入れる側になっていく順番なのかなと思っています。
須賀川は、冬がとにかく大変で。雪かきをするにしても、自分の家だけでは終わりません。腰が悪い人の一人暮らしのおばあちゃんの家に雪かきに行くこともあったり。そういうことも含めて、この地域で暮らしている感じがあります。
お店についてもせっかく興したお店なので、なくなるのはもったいないなぁとも思っていて。元気なうちは続けていきたいです。そして、できることなら、この場所に来る人や、新しく地域に入る人にとっても、少し気楽に話せる場所であれたらと思っています。
編集後記
気負わず、でも大事なことはきちんとしている。パン屋として、移住者として、須賀川の日々の中に自然に入っている感じが印象に残りました。
We Can
大西ぱんでは、店舗でのパン販売のほか、イベント出店、移動販売、卸販売、訪問販売を行っています。
菓子パンや惣菜パンを中心に、地域の人の声を聞きながら、日々の暮らしに合うパンを作っています。
山ノ内町内での販売や、イベントへの出店、施設や事業所への訪問販売など、パンを届ける形について相談できます。
また、滋賀県から須賀川へ移住し、空き家バンクを活用して店舗兼住まいを見つけた経験があります。
移住や地域に入っていくことについても、実体験をもとに話すことができます。
We Want
イベント出店先や、パンの販売先、地域の素材を使った商品づくりに関心があります。
須賀川や山ノ内町の果物、野菜、米など、地域の素材をパンに活かす取り組みも続けていきたいです。
また、元気なうちはお店を続けたいと思っていますが、せっかく始めたお店なので、将来的にどう残していけるかも考えています。
移住者や、地域に入りたい人、パン屋や小さなお店の続け方に関心のある人ともつながれたら嬉しいです。