「山本さんらしくない」が最高の賛辞。北信の日常に寄り添う、大衆食堂のようなデザイナー・山本浩二氏の流儀
2026.03.19
Relay From 有限会社仲條建築 仲條 友章さん
今回ご紹介するのは、長野県北信地域を拠点に、グラフィックデザイナーとして活躍する山本浩二さん。屋号「ヤマデザイン」を掲げ、地域のポスターやチラシ、パッケージデザインを手がける傍ら、教育委員や中学校のパソコン部指導など、多岐にわたる地域活動にも尽力されています。「大衆食堂のようなデザイナー」というユニークな哲学を掲げる山本さんの、飾らない人柄と地域への深い愛情に迫ります。
北信の日常のすぐそばで、デザインをしている
Q. 今、どんな仕事をしてるんですか?
A. ポスターとかチラシとか、パッケージとか。グラフィックデザインですね。BtoBが多いです。
ただ、”作品を作ってる”って感覚はあんまりなくて。相手の商売とか活動に必要なものを作ってる、って言った方がしっくりくる。デザインって格好いいものを見せるのが目的になりがちじゃないですか。でも本来は、ちゃんと伝わって、ちゃんと役に立って、相手の商売が前に進むことの方が大事でしょと。
だから相談の入口もけっこう雑多で。「チラシお願い」だけじゃなくて、「こういうこと考えてるんだけど、どうしたらいい?」みたいなところから始まることも多い。デザイン屋でありながら、ちょっと企画屋っぽいところもあるかもしれないですね。
仕事以外だと、教育委員をやったり、中学校のパソコン部の指導に関わったり。令和7年度は信州中野YEGの会長もやりました。でも正直、仕事と地域活動の線引きってあんまりなくて。この地域で自分にできることをやってる、それだけです。
きれいに選んだ道じゃない。流れに乗りながら、自分の場所を作ってきた
Q. デザインの道に進んだきっかけは?
A. 高校は中野実業の電気科で、進学も決まってたんですよ。でも、たまたま長野市でダンボール箱とか化粧箱のデザイン会社の求人を見つけて。「あ、これ面白そうだな」って。志望動機としては全然格好よくないんですけど、結果的にそれが今につながってる。
途中、兄貴と一緒に実家の製麺業に戻った時期もありました。でもやっぱりデザインの方が好きだったんでしょうね、結局また戻った。結婚して今の場所に住むようになってから、「デザインやってる人がいるらしい」って地域で認識されるようになって、少しずつ声がかかるようになった。JCでいろんな人と出会ったのも大きかったですね。会社員やりながら地域でも動いて、そこから仕事がつながって、最終的に独立した。
最初から独立までの道筋をきれいに描いてたかって言うと、全然そんなことはない。でも、目の前に来た話にちゃんと乗って、動いて、形にしてきた。その結果が今。たぶん自分は、設計図を引いてから動くタイプじゃなくて、動きながら形にしていくタイプなんだと思います。

「無理じゃないか」と言われると、むしろ火がつく
Q. これまでで一番デカかった壁って何ですか?
A. “挫折しました”みたいに語れるやつは、正直あんまりない。でもそれは何もなかったって話じゃなくて、壁にぶつかった時に止まるより先に「じゃあどう越えるか」に頭がいくタイプだから、っていうだけだと思います。
昔から、「難しい」とか「本当にできるのか」って言われると逆に燃えるんですよ。落ち込むより「今に見てろ」の方にエネルギーがいく。ずっとそう。
JCで取り組んだ「ローズクエスト」もそうでした。委員長だった古屋君がもともと発案した企画で、その話がどんどん広がっていく中で自分も一緒に熱が入って、形にしていった。構想が大きくなれば当然、「本当にやるのか」とか「そこまで必要か」って声も出る。でもそこで引く理由にはならなかった。むしろ「そこまで言うなら絶対形にしてやる」と、余計に火がついた。
Q. そういう場面で、何が自分を動かしてるんですかね。
A. 根っこにあるのは、誰のためにやるのか、ですね。特に子どもたちのためになることには、どうしても熱が入る。
子ども向けだからこの程度でいい、とは思いたくないんですよ。むしろ逆。「大人が本気になるとここまでできるんだぞ」ってところを見せたい。それが自分なりの、子どもたちへの挑戦状なんです。
現実には課題もあるし、調整もあるし、簡単じゃない。でも意味があると思ってることに対して、周りにどう見られるかだけで止まるのは違うでしょと。やるなら、ちゃんとやる。形にするところまで持っていく。そこはかなり頑固かもしれない。
高級店じゃなくていい。”大衆食堂のようなデザイナー”でありたい理由
Q. 仕事する上で、これだけは譲れない、ってことはありますか?
A. 「大衆食堂のようなデザイナーでいたい」って、よく言ってます。
デザイナーって、ちょっと特別な仕事として見られがちじゃないですか。センスが必要とか、敷居が高いとか、頼みにくいとか。でも自分は、そういう存在ではいたくない。
実家が製麺屋で、子どもの頃から配達を手伝ってたんですけど、その時に見てた大衆食堂がすごくいい場所だったんですよ。誰でも入れて、気取ってなくて、常連にも一見さんにも開かれてて、でもちゃんと腹が満たされる。地域の人の生活の中に当たり前みたいにある。デザイナーもそれでよくないですか。
なんでも相談できて、高そうとか難しそうとか思われなくて。でも出てくる仕事はちゃんとその人に合ってて、ちゃんと役に立つ。見た目のための見た目じゃなくて、届けるための形にする。自分の作風を押しつけるより、相手の商売とか想いが前に出る方がいい。
だから「山本さんっぽいですね」より「山本さんらしくないですね」の方がうれしいんです。それって自分の色が出たんじゃなくて、頼んでくれた人の色がちゃんと出たってことだから。
たぶん自分はアーティストじゃなくて料理人。しかも高級料理店じゃなくて大衆食堂の。毎日食べられて、ちゃんと満足できる。そういうデザイナーでいたいです。

この土地には、きれいごとじゃない”借り”がある
Q. 北信地域のこれからについて、どう考えてますか?
A. 格好いいビジョンを語るより、まず家族と普通に仲良く、この地域で暮らしていけたら幸せですよ。ただ、その”普通に暮らせる地域”をちゃんと残していきたいっていう気持ちは、けっこう強い。
自分にはこの土地の原風景があるんです。学校帰りに道草を食ったこと、川で遊んだこと、実家の配達先の食堂で優しくしてもらったこと、お年玉もらったこと。今思えば、全部に育ててもらった感覚がある。だから”好きな地域です”っていうより、”借りがある”って方が近いかもしれない。
今はネットもあるしAIもある。地方だからチャンスがないとか、都会に行かなきゃ何もできないとか、そういう時代でもないでしょう。だったらこの場所で面白いことやればいい。仕事も、学びも、挑戦も、この地域の中で作っていけばいい。YEGの会長を引き受けたのもその延長です。口で地域を語るだけじゃなくて、面倒なことも含めて当事者として背負ってみないと、見えないものがある。損得だけで動くより、想いとか義理とか、「この人たちとならやりたい」と思えるかどうか。自分にはそっちの方が大きいんですよね。
正直、面倒なことは多い。でもそういう面倒くさいことの中にしか生まれないものがある。地域って、たぶんそういうもんです。きれいに整った理想論より、泥くさくても、この場所でちゃんと次につながるものを残していきたいですね。

編集後記
山本さんの飾らない人柄と、地域への深い愛情がひしひしと伝わってくるインタビューでした。「大衆食堂のようなデザイナー」という言葉に込められた、誰にでも開かれた姿勢と、クライアントの想いを第一に考える哲学は、まさに北信地域の未来をデザインする上で欠かせない存在だと感じます。
We Can
「デザインができるのはもちろんなんですけど、自分の中ではそれだけじゃないんです。
結局いちばん大きいのは、その人の想いや志にどれだけ乗れるか。『この人のためなら、ちょっと無理してでもやりたいな』と思えると、損得抜きで動いてしまうところがあります。
良くも悪くも、そういう義理人情みたいな感覚で仕事してる部分が強いですね。たぶんそこが、自分のいちばんの諸刃の剣なんだと思いますw」
We Want
「やっぱり、その人の熱量とか人柄ですね。
どんな仕事をしているかももちろん大事なんですけど、それ以上に『この人、いいな』『この人、ちゃんと本気だな』と思えるかどうかは大きいです。
そこに惹かれるものがあると、こっちも自然と熱が入るし、ただ作るだけじゃなくて、一緒に面白いところまで行ける気がするんです。
そういう化学反応みたいなものは、すごく大事にしています。」
Next Relay
このバトンが、次へつながる。
株式会社小池えのき 古屋 健太さん
インタビューにもお名前が出た古屋社長。私にとっては、まさに『人生の師匠』と呼べる方。……と言っても、ご本人は全力で否定されるでしょうけど(笑)。バトンを渡されたのも彼もまた被害者なり。ということで、快く受けてくださるはずです!